2008年02月

2008年02月08日

冬の東京

y大いなる

 

「写真をクリックして見て下さい」



雄大に

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工学院の煙の彼方に神宮の杜   遠く霞んで筑波山が  

 

 

 

 

本日は田町店店長のお父上がご逝去されたので、妻と創業メンバー二人を伴い「逗子」へお焼香、一度結婚式でお会いしてますが「紙関係の社長」を勤めておられ、ご退職時は業績不振を理由に一切の退職金を辞退された、とお聞きし尊敬もしておりました。つつしんで、お悔やみ申し上げます。 

  



晴れやかに

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みんな24時間は一緒だ、だからこそ、どう汗を流すかだろう

 

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  さあ、今日も一日が                



2008年02月07日

自らを恥じる

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雪の為、6時20分自宅を出る、早稲田保守センターに7時50分到着、幸いにも車内は空いており、ゆっくり、読書に専念、快適な通勤。シャッターを空け、事務所内に暖房をつけ、本を開き社員が来るのを待つ、8時45分、一人、その後は一人二人と出社、いつの間にか、朝礼もない覇気のないオフィスに、机の上には職場としてはにつかわしくないものが・・・。私自身がサラリーマン時代、「こんな状態、会社と言えないだろうと」と声を荒げて言った事を思いだす、ある意味この現状に愕然とくるとともに、「今まで自分は何をしていたんだろう」と自らに恥じる。

全てにおいて、自分の責任の何ものでもない、誰が悪いでもない、私が悪い、自分がもっと豆に現場を歩く必要があったと。

これからは、もっともっと、現場を廻り、現場の空気を読み、的確な指示をだすべきと思う、「この一年、今までにないくらい、自分の会社への愛情を感じる」だからこそ真剣に・・・。誰あろう、自分が一生懸命創ってきた会社だからこそ大切にして行きたい。 

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小手指駅    



2008年02月06日

毎日が刺激的

昨日、TVを見ていたら、娘に「またお父さんノートとるの?」と窘められた、私は常に3冊のノートをかたみ離さず持って、どこでも感じた事についてペンを走らす、特に開く回数が多いのは「発想」と言うノート、何故か?答えは簡単、いい事を発想しても時間が経つと感動が薄れ、忘れてしまうから。その時の「生の思い」をそのまま書き殴るという表現が当たっているかもしれない、勿論、その時、良いと思ったことも冷静に考えると却下する事も多い。

昨日、帰宅してTVをつけると、NHKスペシャルの再放送で「0:10〜0:59」第3回 日本野球は「宝の山” 大リーグ 経営革命の秘密」と題して、大きく変質すつ日米関係を様々な角度から見つめるシリーズ。

プロ野球から大リーグへ、スター選手の流出が止まらない。大リーグはストライキや選手年棒の高騰と言う危機に直面したあと、如何に”儲け”に徹する合理的な改革を断行したのか。そしてヘッジファンドを経営し「商品先物取引の天才」でもあるオーナーが導入した科学的な選手の獲得術とは。

番組では、初めて許されたレッドソックス経営陣への密着取材を通じて、マーケティングや球場改修による観客動員作戦や、日本人選手獲得への舞台裏に迫る                 「NHKオンラインより」

日本の殆どの球団が赤字経営で苦しむ中、大リーグの全世界に対しての放映権は2000億円だそうだ、そしてそれが各球団に分配されるとともに、各球団がどのように合理的改革と顧客戦略をといっているかは、球団経営のみならず、全てのビジネスに共通する手がかりのように思えた、特にファンの要求を徹底的に聞き、データを蓄積し、分析し対応していく。

我が社のお客様も、いつかの日か ”OAランド市民” なんて言えるような経営をしていきたいもの。



2008年02月04日

影すらも青く

34紺碧の空の下

一面の銀世界

冬の木々の間からも

くっきりと

  富士を望む

 

                   

 

   おそらく 十年に一度の 光景になるだろう



2008年02月03日

今日は節分

昨日零時から降り出した雪がまだ止まず、深々と降り続く、

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   雪やコンコ、霰やコンコ♪

  降っても 降っても まだ 降りやまず♪

    ♪犬は喜び 庭かけ廻る

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この唄のようにはいかず、室内犬のためか

猫のように丸くなっている

しかし  しかし

今日のチョコビは違った思いっきり駆け回っていた

一面の雪に感動したのかな・・・

夕方、大豆を購入、フライパンで炒って

久しぶりに大きな声で   「鬼は外 福は内」



2008年02月02日

わくわく ドキドキ

  今年から、内容を一新した営業会議は、

 すこぶる刺激的で時間的にも贅肉のない、「質の高い」ものとなっている 

 全員で「問題点」を提示し、全員で考える

 対策案が出尽くしたころで、まとめ、翌月曜日にはサーバーにアップ

 全社員に浸透させ、実行、次回の会議には実行結果、問題点があがっている

 各担当も数字だけに固執せず、それを達成するために具体的な案を出し

 経過、結果報告、出席者の意見を聞き、さらに今月の行動目標を立てる

また今週のトピックスとして、各店舗で起きた、いい事例、悪い事例を享有し合う

聞いてて、胸が高鳴った!!  わくわくした  ドキドキした

 もちろん、私自身も思うところを、意見が出尽くしたところで、おおいに咆えた



2008年02月01日

会津の誇り

先日、一級上の高校の先輩とお会いしました、その先輩は私とまったく誕生の月日も同じで、私が2年の時、クラブの部長で、卒業時に私が引き継いだと言う経緯もあり、唯一、お互いの結婚式に出席するなど、親しくさせて頂いている方です、お酒が入るうちに、故郷の大先輩であり、一番尊敬する政治家の名前を出したところ、実は自分も同じ考えで、昨年3月15日から10日間に渡って産経新聞で「凛として」と言う題で特集された記事があるので送ってあげるよ、と言うことで読んでみたところ、「感動し胸が熱くなりました」そして、益々好きになると伴に、自分も「会津っぽ」として誇りの持てる生き方をしようと改めて思った次第です。お城                                               

「総理の座を蹴飛ばした男」 伊東正義

政治家なら誰でもあこがれる地位を目前にしながら、なぜ背を向けたのか。その男は多くを語らなかった

自民党の次期総裁に浮上したのは昭和63年に発覚したリクルート事件がきっかけだった。リクルートコスモスの未公開株を譲り受け、売却し私服を肥やした政治家の名前が続々と明らかになっていた、時の竹下首相も秘書名義で購入、当時総務会長だった伊藤は金、地位、名誉に一切執着しない、永田町では稀有な存在としてしられていた、そこで白羽の矢がたったのが伊東正義だった。しかし「本の表紙を換えても中身を換えなければだめだ」と固辞した。

伊東は東京の自宅も会津の事務所も築二十年以上の木造二階建て、屋根は赤茶けた錆びたトンタン屋根の家で生涯を暮らし、「おれは何不自由なく普通に暮らしている、政治家だからと言って取り立てて言うほどでもない」と清貧を良しとした。伊藤の系譜には会津藩士で戊辰戦争の時、白虎隊として凄絶な最期を遂げた伊東悌次郎がいる、幼年期から高校、大学、農林省入省に至るまで理不尽なものには、がんとして戦ったエピソードが沢山ある、政治家になっても、官房長官、外相になっても資金集めのパーティは一切していない、いかにも伊藤らしいエピソードで内閣機密費に殆ど手をつけていない、内閣機密費は、官房長官の裁量に任されていて、領収書も必要なく自由に使え、次ぎの内閣に金庫をカラにして渡すのが通例であった、金銭面に関してはあくまで、潔癖だった伊東はどんな立場になろいうが信念をまげる事はなかった。派手なことは嫌いで、自伝類は一切残しておらず、勲章を受ける話も全て辞退し、死後も一切受け取らないようにと言い残した。

色々な政界外の人達との交流においても、また実直で思いやりのある、温かい一面を見せている。             「17年3月15日産経新聞より」

幕末の歴史からして、会津から総理が出ることは、大きな意味があるように思うが、「総理の座を蹴った」後の帰郷時、会津若松駅に降りたった時、たくさんの市民が出迎え「よくやった、おらが会津の誇り」と賛辞の嵐だったようだ、「会津魂」と誇りを守ってくれたと言うことか・・・。

 まったく次元の低い話だが、よく妻と冗談で私達の「家」より、よっぽど社員さんやパートさんの家の方が立派で大きいよね、なんて話がでる事がある、事実、私自身、家は二度買い換えたが、多少大きくなったとは言え、一度目も二度目も中古の家、車も今のファンカーゴの前は15万で知人に譲り受けた紫色のカローラ供▲ャリーを付けていた為、ドアのゴムが傷んで水が洩れてきたので買いかえた次第。

 起業した時から一環して思うこと、それは経営者でいる以上、全てに責任があり、個人的な金にしても全て出してしまったら、会社がなんかあった時、対応できない。

  私自身、あまり、お金や物に執着したことはない、家は雨漏りなく住めればいいし、車はぶつかった時、怪我が少なければいい。

  少なくとも、今の自分は己に対しても社員に対しても、「恥じる」ことはしていないつもりだ。

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