今年の年賀状には大学時代の友人から何件かこんなコメントが入っていました。

「昨年の○○月で定年を迎えました。」
嗚呼、そうか私自身もそんな歳になったのか・・・

その意味では今年は自らのここまでを振り返り、これからの人生をどう生きるべきか静かに考える年にしようと深く思った次第です。

そして30数年前、或いは20数年前にお客様からまたは紹介にてたくさんのいいご縁を頂いた方たちとお会いしてみるのも自分自身を映す鏡ではないかと思いました。

そこで今日はサラリーマン時代大変お世話になり、可愛がって頂いた某国立医科大、小児歯科の先生にたまたま最寄駅に下車したのでアポイントもとらず尋ねてみました。2階に上がり、受付にて自分の名前を言って「先生いらっしゃいますか」と言うと・・・

数分して「やあ〜室井さん、元気でした」と先生は診療中なのにもかかわらず出て下さいました。
先生は既に立派な肩書を持っておられるにも関わらず、僕は一生現役でと医療の現場に立つとおっしゃられていました。
そして今年3月で65歳の定年を迎えるがアジアの後進国やモンゴルなどにも技術指導を続けるということでした。

それにしても、もう20年以上も御無沙汰でもこうして快く迎えて頂けることは、なによりの人生においての「宝物」と自信と誇りをもって帰ってきました。
そして別れ際に「室井さん今度、時間があったら食事でもしながら飲みませんか」とメモ紙に携帯とメールアドレスを書いて渡してくれました。

ところで・・・
この週は新年のあいさつ周りと位置づけし、時間を費やしていますが、社内でも私の徳のなさからか、はたまたその子たちが社会人として未成熟なのか、私が席につくと年齢や社会経験の数とは関係なく「社長、明けましておめでとうございます」と挨拶にくる社員もいれば、遠方のためメールで今年の所信を伝えてくる社員もいる一方、そんな姿を見ていても、まったく意にかえさずパソコンにむかっている若者たちもいました。

昔、サラリーマンの時、会社を辞める先輩や後輩を見ていて・・・
あんなに親しそうだったのに、辞めるとなるとこんなに冷淡でいられるのか!
と思うほどの老若男女関係なく対応する人々、一方、日頃からなにを考えているか解からなかった昼行燈のような大先輩の上司がしっかりと椅子から立ち上がり、頭を下げ優しいまなざしで「お疲れ様、次の職場でも頑張ってね!」と声を掛ける姿勢。

そんな時、人の真価はこういう時に現れるものとつくづく思い、私自身も辞める時には掃除のパートのおばさんを始め老若男女に関わらず、すべての人に「お世話になりました」と頭を下げ人生勉強したものです。

明けましてのあいさつは、決して悪気ではなく、どう対応していいのか解からない産物、一方若くても家庭環境か、当たり前のレベルが普通なのか一年目でも二年目しっかりしてくる社員もいます。

60歳になり定年を余儀なくされる人、慰留される人、他社から声を掛けられる人、それはすべてその人間の60年間の生き方の価値、価値の創造時間だったのだとようやく現実味を帯び感じています。価値が創造できなかった人、それは苦労の数、葛藤の数に比例し、若かりし頃の「幸せ負債」の借財ではないだろうか?

どんな場所にいようが自らの仕事に真摯に立ち向かい、「まだまだ俺は未熟」とおごることなくひたむきに努力してこそ当たり前のレベルがぐんぐん上がっていくそしてどこに行っても通用する人となる。
真価は会社のブランドという裃を脱いだ時、初めて見える。