私たち全ての人が生まれてきた時、体内に「知」は持ち合わせていない!
その意味では「知は絶えず我々の体内の外にある」
如何にして自分の内部に取り入れていくか?
そこには「明確な目的」がなければ、吸い取り紙のようには吸っていかない。
アンテナが立っていなければ必要な情報は受信できない!
それはスポーツでも会社経営でも営業でもみな同じ。
市の大会で優勝する、インターハイに出る、そして3位以内に入る。
売上を〇〇億まで上げる、当期利益をここまで必ず出す。
そして各チームが、個人が「必ず達成する」という猛烈な数字意識がなければ難しい、「明確な目的」を持つためにはたくさんの言葉に触れ、自分とは「なんぞや!」と常に自問自答を繰り返す必要がある。そこにはIQはいらない、絶対達成してやるという「執念」だけだ!
「無理」は思考停止。
そう思った瞬間、そこから先へは思考は動かない。しかしできない理由は自らがつくりだしているもの。物理学者:ステイーブン・ホーキンス。
「書く事」
考えるという作業は「書く」という作業が必要である。書くことなくして考えることはできない。書くことが苦手な人間は「考えること」が苦手な人間。モンテ−ニュ。
失敗は罪ではない、罪とは低い目標を持つ事だ!詩人:ジェイムス・R・ローウェル。
大事なのは、他人の目ではない、どんなボロを着てようが、どんな車に乗ってようが、どんな家に住んでいようが自分が納得する生き方ができているかどうかではないだろうか?他人の評価なんてなんの意味もないように思ってここまで生きてきた。当然のことながら「もっとこうすればよかった」「ああすればよかった」と後悔も反省もしながら・・・。
少なくても昨日よりは今日の方が納得できる生き方を目指している。
私の尊敬する経営者と政治家は・・・
元東芝社長であり経団連会長「めざしの土光」こと土光敏夫氏と我がふるさとの政治家、大平氏が急死したときの総理代行、そして自民党幹事長をつとめた伊藤正義氏、共通するものは清貧で自らを誇示せず「執念」で生きた人。
やりがい、働きがいは、やってみてはじめて出てくる。やりもしない、働きもしないで、どうしてそのような喜びが得られるだろうか。生きがいにしてもそうだ。精一杯生きる努力をして、はじめて生きる喜びを知るのだ。
物事を成就させる力は何か、その力の中にはむろん能力があろう。だが能力は必要な条件であっても十分な条件ではない。十分な条件とは、その能力に、機動力、粘着力、浸透力、持続力などを与える力である。そのような諸力を私は執念と呼びたい。 土光敏夫
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