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今日で東日本大震災から10年
私のふるさと、会津でも「福島」と言うだけで
風評被害は大きく観光業は大打撃だった
会津の旅行、鶴ヶ城への震災前の観光バスが一日200台を超えて
いたものが100分の1の2台と激減、また福島ナンバーと言うだけで
他県にいくといたずらされたり、
結婚においても女性は被爆者的、扱いを受けたと聞く
実際は茨城や栃木よりその値は少なく、0.01ppmだったと記憶する
そこから引っ越して他県に行けば、小さな子供でさえ
心ない差別や中傷、いじめもおきた
人の心と言うのはなんと残酷なものか

私は以前も言ったが、家は真言宗と言うことだが基本的には
どの宗教にも属さない無宗教を自任


「青年塾」代表の上甲氏の言葉をここにお借する

上甲氏はマザーテレサを尊敬し、会いたい思いを募らせ
インドのカルカッタへと渡った

当時のカルカッタは人口1千万人のうち2百万人が路上生活で
至るところに生死も分からない行き倒れが転がっていたという
全身から膿を出している人、ウジ虫が湧いている人
とても側に寄れたものではない状況

しかしマザーテレサと仲間のシスターたちは
一番死に近い人から順番に抱きかかえて
死を待つ家に連れていき、体を綺麗に洗ってあげ
温かいスープを与え、せめて最後の瞬間くらいは
人間らしくと願って送りだしたという

「どうして、あの汚い、怖い乞食を抱きかかえられるのですか」

と尋ねるとマザーは即座に

「あの人たちは乞食ではありません」
「イエスキリストです」

イエスキリストは、この仕事をしている私が本物かどうか
確かめるために、あなたの一番受け入れがたい姿で私の前に現れているのです
と言われたそうです

この言葉に触れてから、街を歩いているとき
電車に乗っているとき、なんとなく
もしあの人がキリストだったら・・・と

昔、読んだ遠藤周作の「深い河」と言う小説を思い出す
愛を求めて、人生の意味を求めてインドへ向かう主人公
聖なる河、ガンジス川、全ての人間の業を包み込み
死にゆく人もその河へ、その後、或る時、
そのガンジス河で己が沐浴している夢をみる
なんとも言えない後味の夢だった


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私たちの地球において唯一の衛星、「月」
まぶしい太陽に対して太陰とも呼ばれている
しかし私はそんな月の方が太陽より自分に近いような気がする


ふっと機内の窓から見た「月」がどこか癒しをくれる
心の豊かさ、幸福感は決してお金では補えない
人それぞれにある幸せ