IMG_20220218_162008

今回のオリンピックほど後味の悪い印象を覚えた大会はない
ドーピングあり、ミスジャッジあり、意図的抜き打ち検査による選手への悪意と
4年、1460日、全てを犠牲にしてその目標に向かって汗し努力した人たちがいる
それを一瞬にしてぶち壊す、組織、人間がいる
そしてそれはその選手に一生の「傷痕」を残すことも
これからの人生を大きく変えられてしまうことも
なんと残酷な仕打ちか!!!
 

今年から3年日記をつけている、3年目が終わるころにはめでたく70歳
内容は取りとめのない内容、何時に起きたか、食事は、誰にあったか
そして自分自身の都度の心の中・・・

DSC_249620161105_100821

旅に出たくても、なかなか叶わず、昔行った写真を携帯からのぞく
反面、読む本の量は幸か不幸か増える
そんな中で今、内容の7割が刺さる本に出会う
その内容によって大きく「死生観」も変わってきて楽になる
また「幸福観」もなるほどと・・・

それは自分の年齢や経験、コロナ禍の中と言うことも含め
今の心の有りようが、吸収しやすい、刺激を受けやすい状態なのかも知れない

「幸せになりたい!」「幸せな出来事!」「幸せな出会い」
人それぞれ生まれも、育ちも、生きてきた環境も様々
従って幸せの価値観はみな違う
しかし、確実に言えることは、
幸せになりたければ、どうしても幸せな出会いは必要
それは必ずしも相手は「人」でなくても会社でもチームでも夢中になれる趣味でもいい

ただその中に必ず「人」は介在することは否めない

幸せになれていない人は出会ってもそのことに気づかず
それを引き寄せる術を知らない、思いつかない
我が社の一部の社員を見てもそんな気がする
勿論、本人は幸せなのかも知れない
しかし、高めればもっと大きなもの掴めるかも知れないのでは

「無知の知」
古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉だったか
中学の倫理社会で耳にした記憶だけがある
自分はなにが知らないのか、どこが足りないのか
それを認識していれば、そのギャプを埋めればいい
しかし、己がそれを認識できなければ永遠に解決の糸口はつかめないかもしれない

IMG_20220203_130815IMG_20220203_131536
(鳴門海峡、人間の力は偉大だなあとつくづく思う)

「幸せな出会い」
自分の一生のパートナーとの出会い
自分が成長できるためのメンタ―との出会い

私を支えてくれている社内外、沢山の人々
この歳にしてようやく、ひとつひとつのパーツが繋がっていく観あり
今度はそれをお返しする番かな・・・